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2018.5.14

ブルーバレンタイン

ブルーバレンタイン
原題:Blue Valentine

第83回アカデミー賞で主演女優賞にノミネートされたミシェル・ウィリアムズとライアン・ゴズリングの夫婦の離婚を描いた映画。
ゴールデングローブ賞では両者ノミネートされてたね。夫婦の関係がリアルで、傑作!と評価されているそう。

ブルーバレンタインの映画情報

原題 Blue Valentine
制作年 2010年 制作国 アメリカ
上映時間 114分 ジャンル ロマンス、ドラマ
映倫 R15+
監督 デレク・シアンフランス
キャスト

ライアン・ゴズリング
ミシェル・ウィリアムズ
フェイス・ワディッカ
マイク・ヴォーゲル
ジョン・ドーマン

ブルーバレンタインのネタバレを含む場合があります

以下「ブルーバレンタイン」の感想・評価・レビューの内容は、ネタバレを含む場合があります。
ブルーバレンタイン」をまだご覧になられていない方は、十分にご注意ください。

ブルーバレンタインのあらすじ・ストーリー

結婚7年目のディーン(ライアン・ゴズリング)とシンディ(ミシェル・ウィリアムズ)の夫婦。
ディーンは朝から酒を飲んで引越し屋の仕事、シンディは看護師。
ひとり娘フランキー(フェイス・ワディッカ)もいて、しあわせな家庭かと思いきや、夫婦はすれ違い、いつかの愛し合っていた頃とはまったく違う関係になっていた…。

ブルーバレンタインの予告動画または関連動画

ブルーバレンタインをみた記録

ここへきて、まだ結婚経験がないことが弊害になったのかもしれない。
傑作と言われているブルーバレンタイン、ちょっと理解不能。
同じ女性という立場として、まず夫への不満がチンプンカンプン。シンディーがディーンに対し、なんの不満があったのかがまったくわからなかった。
というのも、学があったシンディーが看護師なら比較として夫の引越し屋をしているディーンは立場が低いかもしれない。だけど、驚くほど愛情をもった人物に描かれてた。
シンディーが仕事のことでディーンに不満があったわけではなく、ディーンが生きがいのある生き方をしてほしいとゆーことを考えていたのはわかる。そんなシーンあったしね。
でも、ディーンは仕事なんてなんでもいい、朝から酒飲んでできる仕事なんて最高、仕事が終われば家族と過ごせるでしょと言ってた。
シンディーの言わんとしてること、生涯続けられる仕事をしてほしいって気持ちは理解できるけど、あの拒絶反応までいくと理解不能になった。

正直に言うと、シンディーがえらく自分勝手な女で、ディーンはその辺のまともに仕事しているサラリーマンより愛がある男だと思えた。
シンディーがじぶんへ愛情をくれなくなっていることを感じていて、安いホテルへ連れ出す。昔みたいに酔って笑って、セックスしようとする。
が、超拒絶反応。
夫婦間、長くなると生理的に受け付けないなんてゆー話もよく聞くけど、それ以前に妻としての義務すら果たさないシンディー。そう、勝手に修復不可能なまでの関係にしたのはシンディーの一方的なものであって、ディーンは変わらずシンディーを愛してた。

どんな夫婦にでもそれぞれの生活があって、それぞれの生き方があって、それぞれの価値観で生きてるから、事実はだれにもわからない。
でもきっと、結婚を決意したあの頃は永遠の愛を期待しているわけでしょ。
ディーンとシンディーが出会ったころ、歌いながら踊るあのシーンはしあわせ以外のなにものでもなく、ふたりが運命をかんじた日でもあるようにみえた。
そしてその後、ふたりの愛は何ににも壊されない、確固たる自信ができて結婚する。
多くの夫婦がこんなかんじで結婚しているんだとしたら、とおもってみたら、やたらと嫉妬したよあたしは。

もう耐えられない、もう限界なのと言うシンディーがなにを考えていたかを描写してくれていたら、もっと入り込めたんだろうな。
あれだけディーンに感謝するべきなのに、それでも7年間の間で、ディーンの何がシンディーをそう思わせたのかを教えてくれてもよかったかな。
ただ、この映画はある夫婦のある断片を切り取ったもので本当の思惑をわざわざ表に出していないところもミソなんだとは思う。客観的に他人夫婦を見るとしたら、確かにこの映画みたいなものなのかも。ディーンの立場、シンディーの立場、片方に立ってしまうと目線が変わってしまうから、ディーン側からみるシンディーの一部を知れるだけにしているぽいね。

平等な目線でみることができていないけど、まちがいなく、シンディーの、夫をみる目が7年で変わってしまったせいの離婚だとおもうもの。自分のことは気づかないものだし、シンディーからしたら夫に嫌気がさした理由を自然とたくさん作ってしまったんだとおもうもん。じぶんのことを棚にあげてね。
女はそんなもんだな。男は実はあまり変わらない生き物だもん。単細胞で単純、覚えたことをひたすら習慣にして生きていける。
女はちがう。飽きてきて、刺激を求める。男はなにも変わっていないのに、男をみる女の目が変わっていく。なのに、あんなは男が変わったと言い張る。
まさにそれの映画だとおもった。

冷え切った夫婦がこれをみたら、自分たちの思いをディーンたちに投影してみれるだろうから、ぜんぜんちがう見方になるかもね。それこそ傑作と思えるかも。
あたしはその辺の気持ちがわからないからか、自分勝手なシンディーと愛情深いディーンにみえていたので、他人の子どもを心から愛してるディーンが不憫で仕方なかっただけ。あんなに愛情を注いできたのに、恩を仇で返されたかわいそうなディーンとおもってみていた。
仕事も大事よ、それはもちろん理解できる。でも何よりも愛があってほしいし、ずっと愛していて欲しい。あたしは愛しているひとに対しては飽きることがないから、シンディーみたいな身勝手な女の気持ちはまったく分からない。

あたしに言わせれば、過去、愛し合っていたころのふたりとジグザグに映像化したことがこの映画のウリでもあるけれど、”愛し合っていたあの頃”は本当に愛し合っていたのか?と。特にシンディーの場合、バカタレクソ野郎の元彼と最悪な状況になり、そして妊娠。そのタイミングで陽気でやさしいディーンに出会い、恋に落ちた。
これっていっときの錯乱状態で結婚してしまったパターンのやつだよね。かわいそうなあたしを守ってくれるのはディーンしかいない!と思ってしまったのが間違い。悲劇には違いないけど、女って本当アバズレばかり。この前みた「カジノ」を思い出した。男は女を信頼するのに、女はそんなのどうでもいい、充実していない生活を夫のせいにするんだ。